祖母の実家の報恩講

父の母、通信員の祖母は終戦の年の7月に身罷っている。父が中学生の時だ。写真も見た記憶がないので、通信員は祖母の顔も知らない。

同じ村にある祖母の実家で、午後3時から報恩講があった。父が出掛けた。

6時くらいには帰ってくるだろうと思っていたが、8時になってしまった。酒を飲みながらの話に熱が入ったらしい。ちなみに、御当主は一滴もアルコールは口にしない。

通信員は萎び大根(しなびだいこ:切り干し大根)の味噌汁を時々作るのだが、かなり硬めになる。報恩講後の食事に萎び大根の味噌汁が出たそうだ。とても柔らかかったそうで、父がコツを聞いてきた。

水でふやかさず、そのまま調理する。それだけだそうだ。水に浸けておくと硬くなるのだそうだ。今度やってみる。

旧睦月十七日 晴れ 風強し


『土佐日記』当日分。
十七。くもれる雲なくなりて、曉月夜いと面白ければ、舟を出してこぎ行く。この間に、雲のうへも海の底も、同じ如くになむありける。うべも昔の男は、

 棹は穿つ波の上の月を、舟はおそふ海の中の天を

とはいひけむ。聞きされに聞けるなり。

曇っていた雲がなくなって、明け方の月がたいそうきれいなので、船を出して漕いで行く。この間、空が海面に映って、雲の上も海の底も同じように見えた。なるほど昔の男も、

 船を漕ぐ棹で、波の上に映って浮かんでいる月を突く、船は海に映る天空を押しつけながら進んでいく

と詠じた。いい加減だが、確かそんなふうに聞いている。

十五夜を過ぎると、朝も西の空に月が残っている。
夜明け直前の月


「推敲(すいこう)」の故事の由来となった唐の詩人に賈島がいる。彼の詩に次のようなものがある。

白文: 棹穿波底月 舟工圧水中天(「舟工」は一文字)
書き下し: 棹(さを)は穿(うが)つ波の底の月、船は圧(お)そふ水中の天

これを思い出し書いたもの。

またある人のよめる歌、

 みなそこの月のうへよりこぐ舟の棹にさはるは桂なるべし

これを聞きて、ある人、又よめる、

 かげ見ればなみの底なる久方の空こぎわたる我ぞわびしき
 
かくいふ間に、夜やうやくあけ行くに、楫取等、「黒き雲俄に出で來ぬ。風吹きぬべし。御舟かへしてむ」といひて舟かへる。この間雨ふりぬ。いとわびし。

また、ある人が次のように詠んだ。

 海の底に映っている月の上を漕いで行く船の棹が触れるのは、月桂樹であるはずだ

これを聞いて、ある人がまた詠んだ。

 海に映る月の影を見ていると、波の下に広がる大空を漂うように漕いで行くようで、荒涼とした場所をさまよう心細さに包まれる

こんなことをしている間に、ようやく夜も明けるのだが、船頭らが「黒い雲が急に出てきた。風が吹くに違いない。船を元の港に戻そう」と言って引き返す。帰る途中で雨が降った。とても悲しい。

せっかく出港できたのに、引き返さねばならぬとは、残念至極。しかし、遅れても、着かないことよりは遥かにましだ(Better late than never.)。

バリの近くで日本人ダイバーが行方不明だという。天候が悪化するのを察知して、早めにどこかに避難してくれていることを願う。

歌の「桂なるべし」は「桂なるらし」と推量を使う本もある。

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