梅のつぼみ膨らむ

昨年までは葉っぱだけであった。門の梅がようやく花を咲かせるようだ。
梅の蕾
蕾(つぼみ)が膨らんできた。実はなるだろうか。

桃栗三年柿八年(ももくりさんねんかきはちねん)と言うが、母は「梅は酸い酸い十三年」と続けていた。

母は自分が植えた梅の花を見ることもなく逝ってしまった。母が生前漬けた別の畑の梅干しは、まだ少し残っていて、最近少しずつ食べている。

昨日のビットコインの記事。通信員は誤解していたようだ。ビットコイン本体の数列計算に闖入者が入りこんだわけではなく、MT. GOX の記録に不正侵入があり、データが取られてしまったようだ。会社の説明では、そのように受け取れる。

明後日の日曜は、通信員宅の報恩講。仕出しをとってもらう。御飯と味噌汁・漬物だけ用意することにする。

旧睦月廿九日 曇り時々晴れ


『土佐日記』当日分。
二十九日。舟出して行く。うらうらと照りてこぎ行く。爪の長くなるを見て、日を數ふれば、今日は子の日なれば切らず。正月なれば、京の子の日のこといひ出でて、「松もがな」といへど、海中なれば難しかし。女の書きて出せる歌、

 おぼつかなけふは子の日か蜑ならば海松をだに引かましものを

とぞいへる。海にて子の日の歌にてはいかゞあらむ。又ある人のよめる歌、

 今日なれど若菜もつまず春日野のわが漕ぎわたる浦になければ

かくいひつゝ漕ぎ行く。おもしろきところに舟を寄せて、「こゝや何處」と問ひければ、「土佐のとまり」といひけり。むかし土佐といひけるところに住みける女、この舟にまじれりけり。そがいひけらく、「昔しばしありし所の、なたぐひにぞあなる。あはれ」といひてよめる歌、

 年頃をすみしところの名にし負へば來よる浪をもあはれとぞ云へる

船を出して進む。うららかに陽の照る中を航行する。爪が長くなっているので、日がらをみてみると、今日は子(ね)の日なので爪を切らないことにする。

手の爪は、翌日の丑の日に切ると良いようだ。足の爪はさらに翌日の寅の日。

正月なので、都での子の日の事を思い出して話す。「松があればなあ」と言うが、海上なので望めない。女が書いて出した歌。

 もどかしい。今日は子の日であったか。私が蜑(あま)であったら、海中の海松(みる)を引いてくるのに

あまは漁師。海松(みる)は、緑からオリーブ・グリーンの海藻。小さいものだが、木のように見える。ちょっと太いが、松葉がかたまって伸びているのに似ている。

正月の子の日には、野に出掛け小松を引いて遊んだようだ。

海で歌った子の日の歌してはどうだろうか。また、ある人が詠んだ。

 子の日は今日であったか。私が漕いで渡っている海には春日野はないので、若菜も摘むことはしない

などと言って、進んでいく。景色の良いところに船を寄せて、「ここはどこか」とたずねたら、「土佐の港だ」と返ってきた。昔、土佐というところに住んでいた女が、この船に乗っていた。その女が、「昔、しばらく住んでいた所と名前が同じです。なつかしい」と言って詠んだ歌。

 何年か住んだ所の名と同じなので、寄せてくる波も懐かしく思えると言える

「土佐」というのどこにでもあるのだろうか。土佐の国は「都佐(とさの)国造(くにのみやつこ)」の領地にちなんで名付けられたようだ。

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