いたづらに咲きか散るらむ

蒲公英(タンポポ)の花。
タンポポの花
玄関脇の花壇に一株あって、時々花を咲かせ、綿帽子を作る。

トカゲのしっぽ切り。
尻尾の切れたトカゲ
タンポポの株付近からすばやく向こうに走るものがいた。カナヘビの幼いやつだと思うが、尻尾が切れている。

隣町の叔父の三回忌。父がお呼ばれした。


旧閏長月廿四日 晴れ時々曇り


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万葉集』巻二第二百三十一歌

靈龜(レイキ)元年に志貴皇子が薨去されたときに作られた長歌が第二百三十歌。その反歌が二首続く。これらは三歌は、『笠朝臣金村(かさのあそみかなむら)の歌集』からそのまま写したと書かれている。

『続日本紀』では皇子の薨去が靈龜二年となっていたり、『万葉集』のこの部分で志貴親王とも書かれていることから、別人説もあるが、天智天皇の皇子の志貴皇子とみればいいと思う。

高圓之(タカマトノ) 野邊秋[草冠+互]子(ノベノアキハギ) 徒(イタヅラニ) 開香將散(サキカチルラム) 見人無尓(ミルヒトナシニ)

高圓(たかまと)の 野邊の秋はぎ いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに

高円山の野辺に生えている秋萩の花は、愛でて見てくれる人もないままに咲いて散ってしまうのであろうか

高円山(たかまどやま)は、春日山の南の山。奈良奥山ドライブウェイの南半分は高円山ドライブウェーとも呼ばれているようだ。奈良女子大の付属中学校や奈良教育大学の南から県道80号を東に向かうと、ドライブウェイの入り口は北側に出てくる。県道をまっすぐ進むと、春日宮天皇陵に通じている。この春日宮天皇陵が、志貴皇子の御陵墓である。

志貴皇子は皇太子にも天皇にもなっていないが、天武天皇系の男系血筋が絶えたので、皇子の子が光仁天皇として即位する。従って、現在の天皇家は、志貴皇子の子孫ということになる。皇子はあとから春日宮御宇天皇の尊号を得た。

皇子の館は春日にあったようなので、高円山が東にある。ときには散策し、萩の花を愛でていたことも十分考えられる。

少々、長歌と内容が違うので、反歌と言ってしまうといけないのかもしれない。

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