四十雀来訪

四十雀(シジュウカラ)。
シジュウカラ
伐採して、ほとんど体を成さなくなった北の生け垣にやって来たシジュウカラ。

正面から見たシジュウカラ。
黒のネクタイがおしゃれなシジュウカラ
黒のネクタイが見える。

手次(てつぎ)の寺の報恩講。通信員宅のモミジより葉が大きい。大紅葉(オオモミジ)なのかもしれない。

旧神無月八日 雨のち晴れ間ものぞく
上弦月も夕刻、南の空に見られた。


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万葉集』巻三第二百四十五歌

長田王(ながたのおほきみ)が、筑紫(福岡県)に派遣されて水島に渡った時の歌二首の一。

如聞(キクガゴト) 眞貴久(マコトタフトク) 奇母(クスシクモ) 神左備居賀(カムサビヲルカ) 許禮能水島(コレノミヅシマ)

聞くがごと まこと貴(たふと)く 奇(くす)しくも 神(かむ)さび居(を)るか これの水島(みづしま)

聞いている通り、本当に貴く不思議で神々しいことだ、この水島は。


「長田王」は巻一の八十一歌などの作者。出自は未詳。長皇子の子だとする説がある。

「水島」は『日本書紀』の景行天皇の十八年四月の記述に出てくる島との説がある。
夏四月壬戌朔甲子、到熊縣。其處有熊津彥者、兄弟二人。天皇、先使徵兄熊、則從使詣之。因徵弟熊、而不來、故遣兵誅之。壬申、自海路泊於葦北小嶋而進食、時召山部阿弭古之祖小左、令進冷水。適是時、嶋中無水、不知所爲、則仰之祈于天神地祗、忽寒泉從崖傍涌出、乃酌以獻焉。故號其嶋曰水嶋也、其泉猶今在水嶋崖也。

それによると現在の熊本県の沖にあったようだ。天皇は冷たい水を持ってくるようお命じになった。ところが島には飲めるような水がない。どうしたらいいか途方に暮れていると、不思議なことに崖から清水が湧き出てきた。そのため「水島」と名がついたようだ。

長田王は、この話を土台にして歌を詠ったと考えると理解できる。

なんだ、筑紫よりも先に進んでいるではないか。どこまで行くの? という話である。

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