母の命日で経を読む

猫柳の花にやってきた蜜蜂(ミツバチ)。
ネコヤナギとミツバチ
裏の畑。ミツバチも仕事を始めた。

ご近所の桜、随分開いてきた。
サクラの花
蜜蜂の羽音がよく聞こえた。

蛾(ガ)。
茶の木にとまるガ
西裏の畑の茶の木の中に隠れた。

本日は、母の命日。四年になる。夕食前に正信偈(しょうしんげ)を読んだ。

旧如月十一日 晴れ

夜桜の向こうに月が見える。
画像
左上の小さな白点は木星。


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万葉集』巻三第三百七十七歌

湯原王(ゆはらのおほきみ)が宴席(うたげ)で詠った歌二首中の二。

青山之(アヲヤマノ) 嶺乃白雲(ミネノシラクモ) 朝尓食尓(アサニケニ) 恒見杼毛(ツネニミレドモ) 目頬四吾君(メヅラシワギミ)

青山(あをやま)の 峰(みね)の白雲(しらくも) 朝(あさ)にけに 常に見れども めづらし吾君(わぎみ)

青々とした山に棚引いている白い雲は毎朝毎夕見ても飽きないように、あなたはいつ見ても新鮮でおもしろいですね

「朝にけに」の「け」は、「気」とも書かれ「来経(きへ)」の略なのだそうだ。「時」を表す。

「いつ見ても、いつ会っても飽きない」という人物は、王の恋人という説と王の男の友人という説がある。前者の場合は、吾君(わぎみ)と呼びかける「男友達」に恋人を紹介していると考える。

前歌と同じく、一度歌が終わった後に「わぎみ」と呼びかけている詠い方が新しい。

ただ、後者の解釈だと、前歌とこの歌では「わぎみ」の使い方が違うので、違和感が残る。後者の解釈とみる人が多いのだが。

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